オンライン パスワードの管理
オンライン セキュリティのことになると、気後れしてしまうユーザーが多いようです。Google の Mark Risher と Stephan Micklitz が、セキュリティ対策の開発にあたってどのようにユーザーの感情を考慮しているかについて説明します。
Risher さんは Google でインターネット セキュリティ部門のプロダクト管理担当ディレクターを務めています。これまでオンライン詐欺に遭ったことはありますか?
Mark Risher: すぐに具体例は浮かんでこないのですが、あると思います。ウェブを閲覧する際には、皆さんと同じように私もミスを犯します。たとえば、最近では Google のパスワードを誤ったウェブサイトに入力してしまいました。幸いにも、Chrome のパスワード アラート プラグインをインストールしていたため、ミスに気づくことができました。当然ですが、すぐにパスワードを変更しました。
Google のプライバシー&セキュリティ チームのエンジニアリング部門ディレクター、Stephan Micklitz: そのようなミスは誰にでもあります。一度パスワードを覚えると、それをどこに入力しているのかをよく考えずに、不用意に入力してしまいがちです。
Risher: パスワードを完全になくすことができればよいのですが、残念ながらそう簡単にはいきません。
「多くのセキュリティ対策は、ユーザーの目に見えないところで実施されています。」
Mark Risher
パスワードの何が問題なのでしょうか?
Risher: 盗まれやすい、覚えづらい、管理が面倒など、パスワードには多くのデメリットがあります。多くのユーザーが、パスワードは長くて複雑なほどよいと信じていますが、実際には、そのようなパスワードを使用することでリスクが増加します。ユーザーは複雑なパスワードを複数のアカウントに使用しがちなため、脆弱性が高まるのです。
Micklitz: パスワードを入力する機会が少ないほど、セキュリティが向上します。そのため、複数のアカウントでログインとログアウトを繰り返すべきではありません。そのうちに、今どのウェブページにログインしているかということに注意を払わなくなり、パスワードが盗まれやすくなります。このような理由から、Google ではログインしたままにすることを推奨しています。
しかし、私が使用している銀行のウェブサイトでは、数分間操作しないと自動的にログアウトされてしまいます。
Micklitz: 残念なことに、いまだに多くの企業が古いルールに従っています。こまめにログアウトしたほうがよいというアドバイスは、多くのユーザーがインターネット カフェを使用したり、パソコンを他のユーザーと共有したりしていた時代の名残です。Google の調査によると、パスワードを入力する頻度が増えるほど、サイバー攻撃の被害を受けやすくなることがわかっています。そのため、スマートフォンやパソコンの画面ロックを有効にして、安全なパスワードを使用するほうがセキュリティは向上します。
Risher: そのとおりです。正しくない、もしくは実用性にかけるアドバイスが広まっているため、多くのユーザーが混乱している可能性があります。最悪のシナリオは、ユーザーが何を信じてよいかわからなくなり、「自分を守ることがそんなに難しいのなら、もう守るのをやめてしまおう」と諦めてしまうことです。これはたとえるなら、強盗が家の周りをうろついていることを知っていながら、玄関のドアを開けたままにしておくようなものです。
Mark Risher は、Google でセキュリティとプライバシーのプロダクト管理担当ディレクターを務めています。2010 年にサイバーセキュリティのスタートアップ企業である Impermium を創設し、同社は 2014 年に Google に買収されました。それ以来、Risher はカリフォルニア州マウンテンビューにある Google 本社に勤務しています。右の写真: 高度な保護機能プログラムで使用されているセキュリティ キー。低価格で販売されており、さまざまなウェブサイトで使用できます。
パスワードを廃止した場合、Google はどのようにしてユーザーのセキュリティを確保するのですか?
Risher: Google はすでに、見えない所でパスワード以外にも多くのセキュリティ対策を講じています。そのため、ハッカーにパスワードや携帯電話番号が盗まれたとしても、Google アカウントのセキュリティを 99.9 パーセント保証できます。たとえば、Google はユーザーがログインしているデバイスや国をチェックしています。何者かが複数回連続で誤ったパスワードを使用してアカウントにログインしようとした場合、Google のセキュリティ システムでアラームが作動します。
Micklitz: Google が開発したセキュリティ診断を使用して、Google アカウントのセキュリティ設定を 1 つずつチェックすることも可能です。また、高度な保護機能プログラムを使うことで、セキュリティをさらに向上させることができます。
このプログラムの背景は?
Micklitz: もともとこのプログラムは、政治家、CEO、ジャーナリストなど、犯罪者に狙われる可能性が特に高い人々を対象として開発されました。現在では、オンラインでの保護を強化したいユーザーは誰でも利用できるようになっています。このプログラムを利用することで、特別な USB または Bluetooth のドングルを持っているユーザーだけが、保護された Google アカウントにアクセスできるようになります。
Risher: Google では、全社員がセキュリティ キーを使用して会社のアカウントを保護しています。その経験から、このシステムの高い効果を理解しています。このセキュリティ対策を導入して以来、パスワードの入力が原因と見られるフィッシング被害は 1 件も発生していません。攻撃者は、パスワードを入手してもトークンがなければアカウントにアクセスできません。そのため、トークンを使用することで Google アカウントのセキュリティは大幅に向上します。一般に、オンライン アカウントは世界中のどこからでもハッキングされる可能性がありますが、物理的なセキュリティ トークンで保護されたアカウントの場合、そのようなリスクはありません。
Micklitz: セキュリティ トークンは、Google の高度な保護機能プログラムだけでなく、多くのウェブサイトで使用できます。トークンは Google または他のプロバイダから低価格で購入可能です。詳しくは、g.co/advancedprotectionをご覧ください。
「人はインターネット上のこととなると、リスクを正しく評価できなくなる場合があります。」
Stephan Micklitz
今日のインターネットに潜んでいる最大の危険は何だと思いますか?
Risher: 一つは、オンライン上にユーザー名とパスワードのリストが多数存在することです。同僚の Tadek Pietraszek とそのチームが 6 週間かけてインターネット上を調査したところ、ユーザー名とパスワードの組み合わせが 35 億個も公開されていることがわかりました。これらのデータはハッキングされた Google アカウントのものではなく、他のプロバイダから盗まれたものでした。しかし、多くのユーザーが同じパスワードを複数のアカウントに使用しているため、これらのリストは Google にとっても問題でした。
Micklitz: 私はスピア フィッシングが大きな問題だと考えています。この攻撃では、攻撃者は被害者が普段受け取っているようなメッセージを巧妙に装うため、それが不正目的のメールであると見抜くことが難しくなります。ハッカーがこの手法を使う頻度が増え、成功率も高まっています。
Risher: 同感です。付け加えるなら、スピア フィッシング攻撃を仕掛けるのに、人々が思うほど時間はかかりません。特定の個人向けに内容をカスタマイズした迷惑メールは、多くの場合数分で作成されます。ハッカーは、ユーザーがインターネット上で公開している情報を利用できます。これは、ユーザーが暗号通貨に関する情報を公開している場合などに問題になります。たとえば、10,000 ビットコインを保有していることを公表しているユーザーは、この情報がサイバー犯罪者に狙われても文句は言えません。
Micklitz: これはたとえるなら、市場の真ん中に立って、メガホンを使って自分の銀行口座の残高を発表しているようなものです。そんなことをする人はいませんよね。しかし、人はインターネット上のこととなると、リスクを正しく評価できなくなる場合があります。
迷惑メールの他に問題になっていることはありますか?
Risher: デバイスとサービスが接続されるようになったことも、Google にとって大きな課題となっています。ユーザーはインターネットに接続する際に、ノートパソコンやスマートフォンだけではなく、テレビ、スマートウォッチ、スマート スピーカーも使用しています。これらのデバイス上ではさまざまなアプリが実行されており、ハッカーに対して攻撃の足がかりを多数与えてしまうことになります。さらに、現在では多くのデバイスが接続されているため、ハッカーは 1 つのデバイスを使用して他のデバイスに保存されている情報にアクセスできます。このように多様な新しい使用習慣がある中で、どのようにしてユーザーの安全性を確保するかという問題に対処する必要があります。
Micklitz: そのためにはまず、各サービスで本当に必要なデータは何か、サービス間で交換されるデータは何かを見極めなければなりません。
ユーザーの保護に AI をどのように活用していますか?
Micklitz: Google では AI をかなり前から使用しています。
Risher: AI は、Google のメールサービスである Gmail に最初から組み込まれていました。また、Google はTensorFlowと呼ばれる独自の ML ライブラリを開発しました。ML に携わるプログラマーは、このライブラリを使用することでスムーズに作業を進めることができます。TensorFlow は典型的なパターンを認識することに長けているため、特に Gmail でメリットを発揮します。
このパターン認識はどのように機能するのですか?
Risher: たとえば、複数のユーザーで、Google が分類できないような不審なアクティビティが検出されたとします。自動学習型の人工知能はこれらの事象を比較し、最良のシナリオでは、インターネット上に広まる前に新手の詐欺を検出できます。
Micklitz: ただし、機械はそれを使う人間と同じ程度にしか賢くなれないため、限界があります。機械に誤ったデータや偏ったデータを与えると、機械が認識するパターンも同様に、誤った、または偏ったものになります。人工知能について誇大な宣伝が行われていますが、使う人によってその効果は異なります。質の高いデータを使用して機械をトレーニングするかどうか、その後で結果をチェックするかどうかは、ユーザー次第です。
Risher: 以前に別のメール プロバイダに勤めていたときに、ラゴスにある銀行の従業員からメッセージを受信しました。当時、ナイジェリアから送信されたと思われる詐欺メールが大量に出回っていました。その男性によると、勤務先は信頼のおける銀行であるにもかかわらず、送信したメールが毎回受信者の迷惑メールフォルダに振り分けられてしまうとのことでした。これはパターン認識でありがちな誤った一般化で、与えられた情報が十分でない場合に起こります。この問題はアルゴリズムを変更することで無事解決できました。
.
写真: Conny Mirbach